misc@Y - 日々の徒然

気がつけば50台前半のビジネスマン。今は横浜を拠点に、ラン、自転車、その他細く長く楽しんでいます。パリ在住期間の徒然も楽しい記憶。

身延山久遠寺

GWを一日早く始めて、高速道路の大渋滞を避けて日帰りドライブ旅行に行った先は身延山久遠寺。
週刊百科の『仏教を歩く』の日蓮の号で取り上げられていたので、日蓮宗の本山であることを知った次第。『南無妙法蓮華経』というやつです。

新東名の新清水ICから国道52号線を山梨方面に向かう。この道路、山梨から太平洋側に抜ける主要な道路なのでしょう、カーブの多い片側一車線の道路を大型トラックが行きかっていました。40分-50分走ったところで身延山久遠寺左の案内に従って進むと、突如大きな門。あとで知りましたが、これが総門。これを車で抜けると、そこはもう門前町。平日ということで参拝者も少なく、『三門』下の無料駐車場へ駐車することができた。
観光案内所で地図をもらって簡単に案内を受けて散策開始。

map.jpg

『三門』。
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三門をくぐり杉の巨木の並木を進むと287段の急階段『菩提梯』。さすがにここを登っていく人は地元の学校のクラブ活動らしい生徒たちだけ。自分たちもその横の坂道を登って上を目指す。この坂道をかなりの急坂で、軽い山歩きのようだった。
       2013042602.jpg
菩提梯の上から見ると。
       2013042603.jpg

広い境内に出ると目の前に本堂が現れる。中に入ることができたので、雑誌の写真と比べたりする。
2013042604.jpg

参拝者はお年寄りが多いので、どうやってあの急坂を上ってきたんだろうと思ったら、本堂の横から立派な斜行エレベーター(ケーブルカーに似ている)が設置されている。下りはこれを利用させてもらい、少し離れたところにある日蓮草庵址に寄ってみた。
2013042605.jpg

身延山久遠寺のHPから久遠寺の由緒について。
『鎌倉時代、疫病や天災が相次ぐ末法の世、「法華経」をもってすべての人々を救おうとした日蓮聖人は、三度にわたり幕府に諫言(かんげん)を行いましたが、いずれも受け入れられることはありませんでした。当時、身延山は甲斐の国波木井(はきい)郷を治める地頭の南部実長(さねなが)の領地でした。日蓮聖人は信者であった実長の招きにより、1274(文永11)年5月17日、身延山に入山し、同年6月17日より鷹取山(たかとりやま)のふもとの西谷に構えた草庵を住処としました。このことにより、1274年5月17日を日蓮聖人身延入山の日、同年6月17日を身延山開闢(かいびゃく)の日としています。日蓮聖人は、これ以来足かけ9年の永きにわたり法華経の読誦(どくじゅ)と門弟たちの教導に終始し、1281(弘安4)年11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、自ら「身延山久遠寺」と命名されました。』

お昼ご飯はもちろん湯葉づくし。
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  1. 2013/04/27(土) 17:47:25|
  2. 旅の記録
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