misc@Y - 日々の徒然

気がつけば50台前半のビジネスマン。今は横浜を拠点に、ラン、自転車、その他細く長く楽しんでいます。パリ在住期間の徒然も楽しい記憶。

SEMI MARATHON:セミマラソン

SEMI MARATHON - Boulogne-Billancourt(ブローニュ・ビャンクール パリの西隣の市)というハーフマラソンに参加。
朝から快晴だが気温は6℃くらい。最近はイベント慣れし過ぎか、スタート時間に間に合えばいいんでしょという感じになっていて、今朝も会場到着はスタート30分前の9時半。トイレの列に並び荷物を預けてから少し離れたスタート地点に向かうと道路一杯の長いスタートの列があった。

実は申し込み時に目標タイムを申告するのだが、これによってゼッケンの色が違ってスタートの場所が速い順になる。今回目標タイムを1時間59分59秒と申告。要は2時間切りたいなあということで。これは自己ベストを9分ほど縮めるチャレンジだ。

受け取った緑のゼッケンの場所に入れてもらって待つこと5分。スタート。参加者は6千人と聞いていたので、スタートの号砲後も歩きながら約3分後にスタートライン通過して漸く走り始める。

21.1kmを2時間切るには平均5分40秒/kmで走る必要がある。終始同じペースでは走れないので前半はペース上げ目で後半失速作戦だが、ペース上げ過ぎると21km走れないかも。
スタート後、周囲のペースの合う人に付いて行くと、5分10秒/km-5分20秒/kmでセーヌ川沿いを7kmくらい走りブローニュの森に入る。ロンシャンのロードバイクを対抗に見ながら競馬場を半周。10km地点で54分。残り11kmはキロ6分でOKの計算。今日は走りながらずっとこういう計算をしていた気がする・・・

11km位から左足の大腿前部の筋肉が痙攣ぎみになる。だましだまし走るが15kmの給水で止まって屈伸したら攣ってしまった。痛みが治まってから歩き始め、徐々に走ってみる。かなりペースは落ちてるし、もしもう一度攣ったら走れなくなるなあと思いながらのんびり走る。2時間の旗を背負って走るペーサーに抜かれてしまった時には焦ったが付いていけず。時計を見ながら頭の中で計算・・・もしこのペースでもゴール出来ればギリギリ2時間切れる可能性が残っていたので攣らないペースで脚を前に出す。最後上り基調なのが難儀だがゴール直前だけペースアップ。

ゴールライン通過して時計を見ると1時間58分50秒。やった!
(練習は足りないけど)諦めなければ何とか目標達成できた。メダルと記念品をもらってよぼよぼと歩きながら荷物引取り。

今年の密かな目標を達成できて満足な1日。セーヌ川沿いの道路とブローニュの森という気持ちの良いコースに、恰好いいTシャツとメダル。

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結果が出ていた。
完走者(男女計)で順位は 4147/5148。同年代の男性では 1213/1403。フランス人はみな速いねえ。

以下はLAP(備忘録)
[SEMI MARATHON:セミマラソン]の続きを読む
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  1. 2011/11/21(月) 23:32:43|
  2. ランニング
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Velo:10000KM

土曜日、快晴。ランニングか自転車か、明日がセミマラソンなので筋肉痛になるのを避けるべくロードバイクでロンシャンコース。アパートを出てサイコンを見ると、あと40kmほどでodo-meterが10000KMになりそうなことを知り、今朝は10000KMで記念撮影が目的になる。

朝は冷え込みますが晴天なのでロンシャンのサイクリストの数は凄いことに。
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10周目に入ったところで、少しコースを外れて10000に届くのを見ながらペースダウン。2007年10月14日にサイコンを交換してからの記録なので、意味がないと言えばないが・・・ パリに来て初めて走ったコースでこのキリの良い数字を達成したので、自分の記憶に残るだろう。4年で10000KM。遅い達成といえば遅い・・・ まあのんびりと。
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そう言えばケイデンス表示ができるサイコンが欲しくて4年前これに交換。結局ケイデンスを考えてトレーニングすることはなかった。
ランニングを始めてしばらく経って、走りながら心拍を計ろうと思って心拍測定付きのTIMEXを買ったが、心拍を計ったのは最初の数回だけ。
自転車もランニングも続けようという気持ちは強いが、トレーニングしようといく気にはならないようだ・・・
楽しく続けるのが一番。

この後、着替えて明日のゼッケン引取りに向かった。

走行距離:41.2KM
  1. 2011/11/19(土) 16:22:17|
  2. 自転車
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Metz:メス

ナンシーから50km北に位置するMetz(メス)。
『3000年もの古い歴史をもつ町メッス。豊かな商業都市であり、交互にドイツとフランスに併合された過去を持つ。神聖ローマ帝国領、また、中世期にはヨーロッパの経済の拠点として栄える。「光と庭園の街」として知られ、かつての繁栄・併合の歴史を物語るかのように、今日も市内には様々な時代の、他国からのさまざまな影響を受けた建物が混在して残る。』(フランス観光開発機構)
モーゼル川から一段高いところに黄土色の大きな建築物群が囲む広場がある。ロレーヌ地方で採れるハチミツ色のジョーモン石で造られた街。フランスの街のイメージとは少し違ってエキゾチックな感じがする。
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観光案内所で地図をもらう。どこからですかと聞いてきたので日本からと言ったら日本語の解説付きマップまで用意されていた。
まずサン・テチエンヌ大聖堂に入る。高さ42mの身廊を持ち、世界で最も高い中世建築の一つだそうで、アーチ状の天井の下にはヨーロッパで最大のステンドグラスがあり(総面積6500㎡)、とても明るい。これまでたくさん大聖堂を見学したが、内部の明るさでは一番だ。壁の大半がステンドガラスになっており、様々なデザインが施されている。シャガールのステンドグラスもある。
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運河沿いに歩くとアルザスの雰囲気もあり、イタリアの影響を受けた界隈もありと様々な歴史文化を引き継いで今日に至った街という感じだ。
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お天気も良く(寒かったが)しばし散策しメスをあとにパリへの帰途に就いた。
  1. 2011/11/19(土) 15:31:18|
  2. 旅の記録
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Nancy:ナンシー

ロレーヌ地方の街にドライブ旅行。パリからは東へ400kmほどの距離になり、国境をベルギー、ルクセンブルク、ドイツと接している。歴史の教科書では、普仏戦争に敗れたフランスがアルザスとロレーヌの一部をプロイセンに譲ったというような話があった場所である。

目的地はNancy(ナンシー)という街で、日本の金沢市と姉妹都市関係を結んでいるそう。地方都市の中ではアール・ヌーボ装飾で有名であり、ナンシーの中心にある広場が世界遺産に指定されている。

『1153年、ロレーヌ公領の首都となるまではフランス東部の一寒村に過ぎませんでしたが、15世紀にスタニスラス公が善政を敷いてからは城下町として発展しました。この地方はドイツとの国境に近く、過去幾たびか争奪の的となり、戦禍に見舞われた歴史があります。機械や織物、ドーム社で有名なクリスタルガラス等の産業を中心に発展。19世紀から20世紀初頭にかけ世界に広く影響を及ぼした芸術運動アール・ヌーボーの中心地、発祥地として有名で、そのスタイルの建築物等が市内各所で見られます。街の中心であるスタニスラス広場とその周辺は、18世紀ヨーロッパ建築として有名です。』(金沢市のHPによる)

多分パリは晴天だったであろう金曜日(第一次世界大戦記念日祝日)、パリから東に走るとアップダウンの多い高速道路は前後フォグランプを点灯させないといけないような濃い霧だった。
4時間ちょっとでナンシーに到着。まずはスタニスラス広場へ向かう。広場入り口の門にはロココ様式の金装飾光っている。この門の隣がOffice de Tourisme。6℃くらいしかない寒い日だった。

スタニスラス広場は、建物のデザインも装飾も統一されていて、素晴らしく綺麗な広場だ。広場の四隅に大きなロココ様式の門がデザインされている。
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ロレーヌ公の館がロレーヌ歴史博物館になっている。街を歩いていたが寒かったので入ってみた。ロレーヌ地方の2000年の歴史が展示されており、林業者の生活や仕事の様子の展示なども面白いものだった。もちろんガラス工芸や陶器など幅広く展示されている。
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スタニスラス広場のライトアッ写真。
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昼も夜も食事はスタニスラス広場から出てすぐのRue des marechauxという通り(グルマン通りとよばれている)レストランが並ぶ通りのレストランに入った。昼も夜も地元ロレーヌやアルザス料理を美味しく頂く事が出来た。お店の人も親切で愛想が良く気持ちよく食事ができる。ついパリと比較してしまう。

ホテルはHotel des Prelats、広場から100mほどのところにある。歴史ある建物のようだ。内部はアール・ヌーボの装飾になっている。シャワーや洗面台なども凝ったデザインになっていた。
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翌日の朝ランしようかと思いシューズは持っていったが、気温2度に心がめげて走らず。
  1. 2011/11/17(木) 20:34:08|
  2. 旅の記録
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Jogging: la Seine

日曜日、先週末とは打って変わって大快晴、自転車日和だったが、一週間後にセミマラソンレースに申し込んでしまったので付け焼刃ラン。

天気が良いのでセーヌ川岸の日曜日クルマ通行止めの道路を気持ち良く進み、携帯で写真を撮ったりしながらサンルイ島を超えてクルマ通行止めの終了地点まで。
川岸からサンルイ島。
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もう少し進んでサンマルタン運河。係留ボートがぎっしり。花壇がしつらえてあったり、自転車を何台も積んでいたりとボートがまさに住居。
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走った距離は16kmくらいだろうか。あと5km走ればセミ完走。ゆっくり走れば何とかなるか・・・
  1. 2011/11/13(日) 21:30:59|
  2. ランニング
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Jogging: La seine

相変わらずランニングは週一ペース。会社の行き帰り、暗い中を走っているランナーを毎日目にするが、なかなかまねできない・・・
日曜日、朝から天気がどんより。土曜日は雨で全く運動せずだったので、日曜はランニングすることに。
走り始めると強風で結構大変だが、セーヌ川沿いを走っているランナーが多かったので、頑張って距離を少し延ばしてみる。サン・ルイ島まで来てしまった。写真の左がサン・ルイ島。サン・ルイ島は、ノートルダムで有名な観光地のシテ島(写真右)の隣島だが、古くから大貴族や著名人が邸宅を構える最高級住宅地として知られ、岸恵子さんのお宅もこちらとか。
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サン・ルイ島からシテ島を抜けてセーヌ川沿いに戻る。葉が落ちて寂しくなった木々。冬はもうすぐそこ。
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今日走った距離は14kmほど。

イベントがないとランを継続するのが難しいという弱い性分。本日、11月20日にブローニュで開催されるセミマラソンに申し込み。今日の1.5倍も走るのか・・・ レースまで週末あと一回しかない。
  1. 2011/11/07(月) 21:22:18|
  2. ランニング
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Bourges:ブールジュ

翌日パリに戻る途中、Bourges(ブールジュ)という街に寄った。パリから200km位の場所だ。ここにあるサン・テティエンヌ大聖堂が世界遺産に登録されている。最近では日本からのツアーに組み入れられていたりもするようだ。

どこを歩いても大聖堂に向かって石畳の登り坂になっている。
以下、NHK世界遺産ライブラリーより。
『パリから南へ200キロ、フランスのほぼ中央に位置するブールジュは、古代ローマの昔からこの地方一帯のキリスト教の拠点として栄えた街。その中心にある「ブールジュの大聖堂」は、シャルトル、ランスの大聖堂などと並び、フランスゴシック建築の最高傑作の一つに数えられています。「シリーズ世界遺産100」では、この「ブールジュの大聖堂」が現在の姿になるまでの、受難に満ちた歴史をご紹介します。12世紀の終わり、もともとあったロマネスク様式の小さな聖堂を、ゴシック様式の大聖堂に全面的に改築したのが「ブールジュの大聖堂」の始まりでした。しかし14世紀、工事の不備により南側の塔が傾いてしまいました。そこで予定にはなかった大きな壁を作り、塔を支えました。16世紀に入ると、今度は北側の塔が崩壊、この塔は、当時流行していたルネサンス様式を取り入れて再建されました。その後も、宗教戦争によって大聖堂は大きな損害を受けました。19世紀、大規模な修復が行われ、ゴシック様式を強調する装飾的な尖塔が付け加えられました。このような経緯を経て、この「ブールジュの大聖堂」は、様々な時代の様式が混在する独自の外観となったのです。
この教会のもう一つの見どころは、イエス・キリストの受難や聖人の物語を描いたステンドグラス。とりわけ「赤」の美しさが印象的です。文豪スタンダールは「この大聖堂の中にいると、自分がキリストになったような気持ちにとらわれる」と言い、バルザックは「ブールジュの大聖堂はパリ全部より価値がある」とまでたたえました。』
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日曜日の午前中だったのでミサが行われていた。カトリック信者ならミサに参加することもできるだろうが、自分たちは勝手がわからないのでしばしその様子を見学して大聖堂を後にした。

この大聖堂の写真の多くはこの方向から撮影されている。隣接する庭園からの眺めが美しい。(大聖堂は一部修復工事中)
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メインストリートのお店もほとんど閉まっていたし、観光案内所も閉まっている。
日本で世界遺産の街というと大騒ぎだが、フランスの世界遺産の街は極めて日常のままだ。

ブールジュを後にしてパリに戻った。
  1. 2011/11/06(日) 11:19:00|
  2. 旅の記録
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Limoges:リモージュ

10月末の連休を利用してフランスの真中あたりに行ってきた。

パリから南南東400km位の場所に位置するLimoges(リモージュ)という街。パリから高速道路でオルレアンを目指し、そこから南下するとリムザン地方。高速道路が丘陵の森林地帯を切り開いて通っているのでアップダウンは激しく6%-7%の勾配がカーブしながら延々続く。日本なら橋を架けるかもと思いながら、高速道路沿いの木々の紅葉を楽しみ4時間でリモージュに到着。

日本ではリモージュの名前は焼き物で有名だそうだ。フランス政府オフィシャル観光開発機構のウェブサイトでの紹介を拝借。
『焼き物の街として、七宝焼の街として世界的に名高いリムザン地方の中心都市。ガリア=ローマ時代から交通の要所として発展し、中世にはスペインへの巡礼者でにぎわう。シテ地区のサン・テティエンヌ大聖堂など教会建築も多く見られる。
リモージュ焼きの歴史は1771年にグレル兄弟が窯を築いたことにはじまる。一時期兄弟の窯は国王に買収され、白色の陶器はおもに貴族のあいだでもてはやされた。アドリアン=デュブーシェ美術館にはリモージュをはじめとする世界各地の陶器が展示されている。
七宝焼(エマイユ)の歴史はさらに古く、12世紀にさかのぼる。14世紀には彩色七宝もつくられるようになり、さらに16世紀に活躍した七宝細工師のレオナール・リモザンによりその技術は飛躍的に向上。リモージュ焼きの基礎ともなった。市内には見学可能なアトリエもある。』

Office de Tourismeで観光用の地図をもらって街の散策開始。陶磁器を趣味とするわけではない自分たちは何の予備知識も持たずに来てしまったのだが。
街は大きく旧市街と新市街にわかれているらしい。お昼時間だったのでショッピングやレストランのある新市街をうろうろする。大きな街ではないので歩いて十分回れる大きさ。ランチに適当なお店を探すが、パリならどこにでもあるカフェのようなものがない。PaulやQuickはあるが、ここまで来てそれはないだろうと徘徊を続けると、道にメニューボードがあるのを発見するがレストランが無い。メニューを眺めていると、ひとりのお姉さんが細い建物と建物の間を入って行くので入ってみた。歴史ある場所のようだ。外に置いてあったメニューボードはこの中のSalon de Theのランチメニューだった。後で調べると結構地元の名店だった。
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勇気を出してお店に入ってみるとかなり賑わっている。幸いテーブルが空いていて席に着くことができた。お店の中は白人(多分、みなフランス人だと思う)しかいない。アジア人が珍しいのか、子供たちが我々夫婦をじろじろ見る視線が痛かった。
リーズナブルな値段、美味しいし、お店の人の愛想が良くとても良いランチになった。お店の名前はLa Parenthese、ウェブサイトもあるようなのでLimogesに行かれる方にはお勧め。

ランチの後、街の散策を続ける。Limogesには有名な陶芸博物館「アドリアン=デュブーシェ美術館」に行ってみた。新市街を外れるが徒歩圏内。入り口の表示には欧州最大の陶芸美術館と書いている。佇まいも落ち着いている。
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入り口に向かうと案内の人がいて、「現在改装工事中で3月まで閉館ですが、トイレとブティックへのアクセスは可能です」とのこと。
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この街でこの美術館が閉館だと観光客も減るだろうと冷静に考えながら、そんなことも調べないでこの街に来た自分も自分だなあ。しっかりトイレは利用させて頂く。壁、床、天井、便器がすべて白で統一されたトイレに感動。

続いて、旧市街に移動。
サン・テティエンヌ大聖堂。13世紀の建築。
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この有名な大聖堂の周りは古い建物が現在も利用されている住宅街。日常生活の音が聞こえてくるコントラストが面白い。
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ヴィエンヌ川に架かる石造りの橋(車は通れない)を渡り、川沿いの遊歩道を紅葉を眺めながら歩く。
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ホテルはHotel De La PaixというJourdan広場に面した位置する古い宿。
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こぢんまりとしたホテルでチェックインすると、親切そうなおばさんが「部屋が空いているのでGrand Chambre(大きな部屋)を使ってください。同じ値段でいいですよ」とのこと。建物自体古く、中の作りも古いので床は平らでなかったり、ドアがきちんと閉まらなかったりするが、これも趣。

夕食は近くの結構お客さんが入っているビストロに入った。肉の産地なのでステーキを注文したら、食べきれない大きさのものが運ばれてきた。サービスのお兄さんは愛層が良く、家内は相当気に入ったらしく、パリでは置くことのないチップをしっかりと置いていた。
  1. 2011/11/03(木) 21:12:00|
  2. 旅の記録
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Velo: Longchamps

11月1日(火)はカトリックの祝日、Toussaint(諸聖人の日・万聖節と呼ばれる)。学校も秋休み期間中だったりするので月曜日をお休みにして4連休となることが多い。自分も4連休の恩恵にあずかった。

土曜日はフランスの真ん中あたりに位置する街に一泊で出かけた。この日記は後日。
日曜日、パリに戻ると急にお腹に異変。朝までそういう状態が続き脱水症状を起こしそうなほど大変だった。月曜日は一日快晴の自転車日和だったが、大事をとって完全休養日。

火曜日は朝からLongchmampsに久しぶりに向かった。日曜日から冬時間に戻ったので一時間時計が戻った。9時にスタートした時には気温は10℃ちょっとだが陽も射して気持ちが良い。

Longchampsに到着して走り始めた頃はサイクリストも少なかった。最初の3周は単独走を心掛けたが、暫くするとサイクリストが増えてきて小さなトレインが形成され始める。楽をしたい気持ちが出てきてしまい、低速のトレインにタダ乗り。Ave32km位で一時間走ったら、久しぶりの脚にはかなり辛かった。天気もどんどん悪くなってきたので終了。
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       ブローニュの森も紅葉終盤。
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       『歩行者。注意。自転車専用レーン』
ということだが、歩行者に注意を呼び掛けているのか、自転車に注意を呼び掛けているのか?この場所は散歩の人と高速自転車とが交差するので要注意箇所。今日はランの人も多かった。間もなくブローニュ・セミマラソンだから。

走行距離:45.6km
  1. 2011/11/01(火) 14:04:20|
  2. 自転車
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今は横浜を拠点に、ラン、自転車、その他細く長く楽しんでいます。パリ在住期間の徒然も楽しい記憶。

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