読書日記:『誰のための会社にするか』
少し前に読んだ本の紹介です。

『誰のための会社にするか』 岩波新書
【著者】ロナルド・ドーア(Ronald Dore)
1925年英国ボーンマス生まれ。戦時中に日本語を習って、1950年に初めて日本に留学した時以来、ロンドン、ブリテイッシュ・コロンビア、サセックス大学開発問題研究所、ハーバード、MITの諸大学で教鞭を取りながら、主として日本の社会経済構造の研究および日本の経済発展史から見た途上国の開発問題の研究に専念してきた。
【内容】(「BOOK」データベースより)
どうすれば「正直でダイナミックな経営トップ」を確保できるか。アメリカ型の統治制度は日本に馴染むのか。「理想像」に沿った企業のありようとは?過去十数年の間に株価至上主義へと急激にシフトしつつある日本企業の現況を鮮やかに描き出し、問題提起する。長年、日本をつぶさに見続けてきた著者による、鬼気迫る警世の書。
【感想】
経営学の研究者でもなく、日本人でない著者が、日本人以上に日本的経営をアメリカ型の経営と精緻に比較しながら主張を展開していく。適宜、事件や公表されている資料をベースに展開する著者の主張は説得力がある。
会社をそのときどきの株式所有者のために存在するという株主主権論に対して警告を発している。従業員の経営への参画など日本的経営を準共同体組織として見た時に有効なコ−ポレートガバナンス論を著者は示唆している。
非常に読みやすく、単に経営学のみならず、日本の社会学までカバーする本著は楽しく読み進められる一冊です。
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■著者からのメッセージ(本書より)
原稿を読んでくれた友人のコメント;「資本主義も、コーポレート・ガバナンスも、『本来の姿なんてない』といっているところが一番痛快だった」と言ってくれました。本の題を「会社は誰のため」などでなくて、『誰のための会社にするか』としたのはまさに、それを強調したかったからです。会社のあり方は――特に、会社が創造する価値(いわゆる付加価値)が、株主と従業員と、銀行と、(税金の形で)国庫の間でどう配分されるかは――政治的選択の問題です。 と同時に、その社会でどういう思想が「思想的制空権」を握っているか――会社法という仏にどのような魂を入れているか――にもよります。株価維持を世の社長たちの最大関心事にして、“静かなる株主革命”を固めたのは、頻繁に起こり始めた敵対的買収です。むかし、山師の業だった乗っ取りが、「活発なM&A活動」の一環として、紳士も当然使えるビジネス手法となったことです。 しかし、エルビス・プレズリー宅へお参りまでする総理を始め、アメリカかぶれの政府当局ほど、一般国民の思想はそう変わっていないとおもいます。額に汗を流して働いている人たちが、村上世彰氏の逮捕を見て、手をたたいているのは、彼がうっかりしてインサイダー取引を一回したからではない。彼の日ごろのマネーゲームの儲け方への反発だと思います。それなら、制度を変えればいい。より健全なステークホルダー資本主義への道について、僭越ながら、最後の章でいくつか提案を試みました。

『誰のための会社にするか』 岩波新書
【著者】ロナルド・ドーア(Ronald Dore)
1925年英国ボーンマス生まれ。戦時中に日本語を習って、1950年に初めて日本に留学した時以来、ロンドン、ブリテイッシュ・コロンビア、サセックス大学開発問題研究所、ハーバード、MITの諸大学で教鞭を取りながら、主として日本の社会経済構造の研究および日本の経済発展史から見た途上国の開発問題の研究に専念してきた。
【内容】(「BOOK」データベースより)
どうすれば「正直でダイナミックな経営トップ」を確保できるか。アメリカ型の統治制度は日本に馴染むのか。「理想像」に沿った企業のありようとは?過去十数年の間に株価至上主義へと急激にシフトしつつある日本企業の現況を鮮やかに描き出し、問題提起する。長年、日本をつぶさに見続けてきた著者による、鬼気迫る警世の書。
【感想】
経営学の研究者でもなく、日本人でない著者が、日本人以上に日本的経営をアメリカ型の経営と精緻に比較しながら主張を展開していく。適宜、事件や公表されている資料をベースに展開する著者の主張は説得力がある。
会社をそのときどきの株式所有者のために存在するという株主主権論に対して警告を発している。従業員の経営への参画など日本的経営を準共同体組織として見た時に有効なコ−ポレートガバナンス論を著者は示唆している。
非常に読みやすく、単に経営学のみならず、日本の社会学までカバーする本著は楽しく読み進められる一冊です。
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■著者からのメッセージ(本書より)
原稿を読んでくれた友人のコメント;「資本主義も、コーポレート・ガバナンスも、『本来の姿なんてない』といっているところが一番痛快だった」と言ってくれました。本の題を「会社は誰のため」などでなくて、『誰のための会社にするか』としたのはまさに、それを強調したかったからです。会社のあり方は――特に、会社が創造する価値(いわゆる付加価値)が、株主と従業員と、銀行と、(税金の形で)国庫の間でどう配分されるかは――政治的選択の問題です。 と同時に、その社会でどういう思想が「思想的制空権」を握っているか――会社法という仏にどのような魂を入れているか――にもよります。株価維持を世の社長たちの最大関心事にして、“静かなる株主革命”を固めたのは、頻繁に起こり始めた敵対的買収です。むかし、山師の業だった乗っ取りが、「活発なM&A活動」の一環として、紳士も当然使えるビジネス手法となったことです。 しかし、エルビス・プレズリー宅へお参りまでする総理を始め、アメリカかぶれの政府当局ほど、一般国民の思想はそう変わっていないとおもいます。額に汗を流して働いている人たちが、村上世彰氏の逮捕を見て、手をたたいているのは、彼がうっかりしてインサイダー取引を一回したからではない。彼の日ごろのマネーゲームの儲け方への反発だと思います。それなら、制度を変えればいい。より健全なステークホルダー資本主義への道について、僭越ながら、最後の章でいくつか提案を試みました。

