≪読書日記≫ 学問のすすめ-現代語訳

2009年11月26日
現代語訳 学問のすすめ
福澤諭吉 齋藤孝=訳

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内容(「BOOK」データベースより)
近代日本最大の啓蒙思想家・福澤諭吉の大ベストセラー『学問のすすめ』。本書は歯切れのよい原書のリズムをいかしつつ、文語を口語に移した現代語訳である。国家と個人の関係を見つめ、世のために働くことで自分自身も充実する生き方を示した彼の言葉は、全く色あせないばかりか、今の時代にこそ響く。読めば時代情勢を的確に見極め、今すべきことを客観的に判断する力がつく。現代にいかすためのポイントを押さえた解説つき。

目次
学問には目的がある/人間の権理とは何か/愛国心のあり方/国民の気風が国を作る/国をリードする人材とは/文明社会と法の精神/国民の二つの役目/男女間の不合理、親子間の不条理/よりレベルの高い学問/学問にかかる期待/美しいタテマエに潜む害悪/品格を高める/怨望は最大の悪徳/人生設計の技術/判断力の鍛え方

感想
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」という一節は誰もが知るところ。ただ、多くの場合これを結果的平等のような誤解(?)をしてしまっているかもしれない。この一節ののち、「社会的地位が高く、重要であれば、自然とその家も富み、下のものから見れば到底手の届かない存在に見える。しかし、そのもともとを見ていくと、ただその人に学問の力があるかないかによって、そうした違いができただけであり、天が生まれつき定めた違いではない」と続く。
福澤諭吉がこれを書いた明治初め、近代日本を強力に作り上げていくために時代を担う学徒へのメッセージを綴ったのだと思いますが、当時70万冊も売れる大ベストセラーとなったことから、国民啓蒙の有名書となったようです。

訳者の斎藤氏も断っているように、現在からみると差別的と思われる表現もあったり、当時でも物議をかもしたであろう歴史事案に対する解釈もありますが、国や国民という概念を用いて近代日本に大切なものを説いていったのだと思います。
それらは多分に普遍的なものが多く、これをビジネス書として読めば、なるほどとうなづけることが多いと感じた次第。

学生時代に福澤諭吉の書物に触れる機会がなかったと言えば嘘になりますが、当時はそれが半ば強制的に感じられ、まじめに取り組まなかった点を少々反省したりしています。
「坂の上の雲」の秋山兄弟もこの時代・社会背景の中で教育を受け、国家を思い進むべき道筋を決めていったと勝手な推測を楽しみました。
この現代語訳版は大変読みやすいので、是非読まれてみてはいかがでしょうか。

体は正直に反応する---フランス病院初体験

2009年11月23日
先週日本で風邪をひき、久しぶりにお医者さんに診てもらったのですが、新型ではないとのことだったので薬を飲みながら仕事をこなし、土曜日は実家に父のお見舞いにと、寝不足+疲労困憊モードのピーク。
すると日曜日の朝パリに戻るや否や、高熱が出てきて首の周りが異常に腫れて首メタボ状態に。

これまでのところパリでお医者さんにかかったことが無く、しかも日曜日。救急病院駆け込みも考えましたが一晩様子を見てみることにして、今朝、あまり状態が変わってなかったので、これはインフルエンザかなと思い、日本語対応してもらえるアメリカン・ホスピタルに電話を入れて予約。

フランスの健康保険や医療システムは日本とは全然違うし、アメリカとも違います。お医者さんはそれぞれの部屋で診察し、そこには看護婦さんはおらず、会計もお医者さんが自分で計算してその場で行います。例えば注射を打ったり、包帯を交換したりというのは看護婦さんのところに行ってやってもらうようです。

先生には30分じっくりと診てもらったり検査してもらったりと、日本の5分診療とは違います。
ところで、診療の結果ですが、新型インフルエンザの検査をしたところ陰性、何らかのウィルス感染によるだろうということ。特に、唇の周りにできものが出てきているのでヘルペス感染だろうということで処方してもらいました。薬も医者の処方箋を持ってファーマシーで入手。

ヘルペスというのをネットで調べると、結構な人が悩んでいるようです。ストレス・疲労などで免疫力が低下した時に出現しやすいようで、見事に自分の体システムが反応してしまったようです。

明日もう一日ゆっくりとすればあさってには復活できそうな感じです。

欧州街道をゆく:ストラスブール(Strasbourg)

2009年11月15日
ストラスブールというフランス東部の街、旧市街が世界遺産に登録されている美しい街に一泊二日の観光に行ってきました。
パリからほぼ東に500KM、ドイツとの国境のアルザス・ロレーヌ地方の中心都市です。
500KMと言えば東京−大阪ほどの距離ですが、生憎往路は延々霧の中のドライブ。欧州車には大抵リアフォグランプが装備されていますが、この日はほぼ500KMにわたりこのランプのお世話になりました。自分の前を走る車はこのリアフォグランプの赤い強い光で認識、自分のクルマもこれで後ろの車から認識されるわけです。視界不良のなかでも制限速度の時速130KMで走るわけですから、緊張しながらのドライブでした。

ストラスブールはイル川に囲まれた島が旧市街、この旧市街が世界遺産に登録されています。
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ホテルはHotel du Rohanという大聖堂から30秒と、まさに観光地のど真ん中。大聖堂周辺は車両進入禁止なので近くの公共駐車場に車を置いてから徒歩でホテルに移動。ストラスブールに車で来る場合は公共駐車場に止めてから徒歩がお勧めです。

webDSCN1769.jpg 【ホテルは大変便利なロケーション】

ここがフランス?と思ってしまうような街並み。観光ガイドブックのドイツ編に載っている写真のような景色。
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【ドイツロマンチック街道の旅?】 【夕食のアルザス料理レストラン】

アルザス・ロレーヌ地方は古くからドイツとフランスが領有をめぐって争った場所で言語的にはドイツ語の方言であるアルザス語なるものが使われている。現在はフランス語を話す人が大半のようだが、レストランのメニューはフランス語とアルザス語(?)ドイツ語(?)が併記されており、フランス語ではない言葉が聞こえてきたりもした。そんな歴史的背景が街の景観にも表れている。

ホテルにチェックイン後、まずはストラスブール観光では有名なイル川の遊覧ボートで一周することに。ガイドテープには日本語解説もあり大変解りやすかった。
旧市街を離れると、突然、超現代的な建物群が出現。欧州の平和を象徴するストラスブールには欧州評議会が置かれており、それに関連するEU機関や各国の機関が置かれている。そして、日本領事館も。

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【プティ・フランス地区の木組みの家】   【欧州評議会場の建物】

遊覧船で回ったあと、プティ・フランスと言われる地区を散策。木組みの骨組みに土壁の色のコントラストが美しい一画。そして積雪対策であろう急こう配の屋根。
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【イル川の遊歩道から家の裏を眺める】 【玄関が小さく奥まってます】

街の中心にあるカテドラル(ノートルダム大聖堂)。この地域の土の色なのか、全体が赤み帯び、荘厳な雰囲気を醸し出す。パリのノートルダム聖堂より遥かに大きく、尖塔の高さは130メートル以上ある。
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【ライトアップされた姿は壮麗】  【内部は装飾の施された大空間】

ストラスブールを訪れて、『最後の授業』というドーテの小説を思い出した。国語の教科書にも採用されていたか、あるいは課題図書として読んだのか定かではないが、まさにこの地域はドイツとフランスの国境紛争の中で歴史を刻んできたんだということを実感。
以下あらすじ(WIKIPEDIAより引用)
『アルザス地方に住むフランツ少年は、学校に遅刻してしまい、アメル先生に鞭で叩かれるのでは、と心配したが、先生は何時になく優しく着席を促した。今日は教室に元村長をはじめ多くの大人たちが集まっている。アメル先生は生徒と教室に集まった大人たちに向かって、自分が授業をするのはこれが最後だと言う。普仏戦争でフランスが負けたため、アルザスはプロイセン王国(ドイツ帝国)領エルザスになって、ドイツ語しか教えてはいけないことになり、アメル先生もこの学校を辞めなければならない。これがフランス語の最後の授業だと語り、生徒も大人も授業に熱心に耳を傾ける。アメル先生は「ある民族が奴隸となっても、その母語を保っている限りはその牢獄の鍵を握っているようなもの」とフランス語の優秀さを生徒に語る。やがて終業の時が来て、プロシア兵の鳴らすラッパの音を聞いた先生は顔面蒼白。挨拶をしようにも言葉が出ず、黒板に「仏: Vive La France!」(フランス万歳!)と書いて「終了。みんな帰ってよろしい」と手で合図、“最後の授業”を終える。』

現在のこの街はとても洗練され清潔な街という印象。これからも変わらぬものと変わるものを交えながら歴史を刻んでいくのでしょう。

ロードバイク・・・秋は終わったのかな

2009年11月13日
久しぶりに曇り空に薄日が射す天気だったので、半ば強引に時間を作ってロンシャン競馬場周回コースへ行ってきました。2週間振りにバイクにまたがると、いつもの自分の目線より少し高い位置からものを見る感じなので最初は戸惑いが・・・・

ロードバイクはオフシーズンなのか、いつもより人も少なめ。
いつも間にかパリの秋は終わってしまった感じがします。自転車ルートも濡れ落ち葉が敷き詰められている部分があり、滑らないように中止しながら走ります。さすがに一周3.5KMの同じコースを1時間も走っていると飽きてきて終了。

最後に銀杏(?)の落ち葉の絨毯の上で記念撮影。日本の銀杏の実とは見た目の違う実がごろごろと落ちていて、何とも言えない、決していい匂いとは言えない香を放っていました。

webDSCN1777.jpg 【パリは晩秋から初冬へ】

【本日の走行距離】 35.6KM

明日から2週間ほどは週末走れなくなるので11月はこれが最初で最後か・・・・・

パリで夢を実現する

2009年11月08日
パリに暮らす日本人は2万人近いのでしょうか? 自分のようなビジネスマンもいれば、研究者・学生の方も大勢います。そして、海外の他の都市と比べてパリの特徴なのがアーティスト系の方が多く暮らしているということだと感じます。

今日、家内がフランス語学校で夏期講習のクラスが一緒だった方が個展を開催するというのでお邪魔してきました。20代後半の青年。礼儀正しく人当たりがとっても良い方でした。フラワーデザインを学ぶために1年間パリで暮らし、間もなく帰国。最後にパリで個展を開催されるに至ったそうです。

実力が認められ、現在ではパリの有名なフラワーデザイナーのディスプレイを任されるアーティスト。
花器も自分でデザインされた、こだわりの作品ばかりでした。

お話していて、この人はきっと自分の夢を形にする人だなと思った出会いでした。Shuさん頑張ってください。成功をお祈りしています。

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話変わって。
今朝起きると、またも明け方まで雨だったようで、路面が濡れています。早々に自転車は諦めランニング。久しぶりにセーヌ川沿いをコンコルド広場まで走りました。
往復で10KMはあるかなと思ったのですが、走った距離は8KMだったようです。まだ走れそうな感じだったので、10KM走る位の走力はついてきたのかもしれませんが、まだ20KMは遠い・・・

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